行政書士が扱う情報は、決算書・株主構成・戸籍・遺産目録・事業計画・技術情報など、いずれも機微度の高いものばかりです。本記事では、片務型と双務型の違い、秘密情報の定義、例外事由、目的外使用の禁止、返還義務、有効期間、違反時の対応まで、NDA(秘密保持契約書)で押さえるべき基本条項を整理します。
NDAが必要になる場面
行政書士は行政書士法12条により守秘義務を負っていますが、依頼者側が「書面で約束してほしい」と求めるケースは年々増えています。特に以下のような場面では、業務委託契約書とは別にNDAを交わすのが一般的です。
- ◼︎ 補助金申請で依頼者の事業計画・売上・原価情報に触れる場合
- ◼︎ 法人設立の準備段階で株主構成・資本政策に関わる場合
- ◼︎ 相続業務で財産目録・遺産分割協議書を扱う場合
- ◼︎ 許認可業務で取引先情報・技術仕様書を参照する場合
- ◼︎ 依頼者が他社との提携検討中で、情報開示の前段階で必要な場合
依頼者が法人の場合、相手方のコンプライアンス規程でNDAの締結が必須となっていることもあります。契約書の冒頭に置かれる形式的な書類と捉えず、守秘義務を具体化する実務書類として扱いましょう。
片務型と双務型の違い
NDAには、片務型と双務型の2種類があります。片務型は、情報を受領する側(多くの場合、行政書士)のみが守秘義務を負う形式です。双務型は、双方が守秘義務を負う形式で、行政書士側も業務の過程で知られたくないノウハウや様式を持つ場合に選びます。
実務では、依頼者から「こちらの事業情報を守ってほしい」という趣旨の片務型を求められるケースが多数です。双務型が必要になるのは、行政書士側がオリジナルの書式・チェックシート・マニュアルを提供し、その流出を防ぎたいようなケースに限定されます。どちらを選ぶかは、情報の流れの向きから判断します。
秘密情報の定義
NDAの心臓部は、何を秘密情報とするかの定義です。定義を曖昧にすると、後になって「それは秘密ではなかった」「いや秘密だった」と水掛け論になります。秘密情報の典型例は次のとおりです。
- ◼︎ 個人情報(氏名・住所・生年月日・家族関係など)
- ◼︎ 営業秘密(顧客リスト・取引先情報・価格情報)
- ◼︎ 技術情報(図面・仕様書・ノウハウ)
- ◼︎ 財務情報(決算書・試算表・資金繰り表)
- ◼︎ 人事情報(役員構成・給与水準)
実務的には、書面で「秘密」と明示されたもののみを対象とする方式(マーキング方式)と、開示の方法を問わず業務上知り得た情報すべてを対象とする方式(包括方式)があります。行政書士業務では守秘義務の対象が広いほうが依頼者も安心するため、包括方式を基本とすることが多いです。
例外事由の明記
どれほど広く秘密情報を定義しても、以下の情報は例外として秘密保持義務の対象外とするのが一般的です。
- ◼︎ 開示時点で既に公知であった情報
- ◼︎ 開示後に受領者の責めによらず公知となった情報
- ◼︎ 受領者が独自に開発した情報
- ◼︎ 守秘義務を負わない第三者から合法的に取得した情報
- ◼︎ 法令・裁判所・行政機関の命令により開示を求められた情報
◼︎ 注意点:法令に基づく開示請求に応じる場合でも、可能な限り事前に依頼者に通知する旨を定めておくと、依頼者との信頼関係を維持しやすくなります。
目的外使用の禁止
秘密情報を「業務遂行の目的以外に使用しないこと」は、NDAの核となる義務です。開示目的を冒頭で明記し、その目的以外の用途には使わないことを約束します。行政書士の場合、「本契約の目的は、建設業許可新規申請業務の遂行に限る」のように、業務委託契約と連動する形で目的を特定しておくと、業務範囲とNDAの対象範囲が一致してわかりやすくなります。
返還・破棄義務
契約終了時には、受領した資料を返還または破棄する義務を定めます。紙の書類の返還と、電子データの完全削除の両方に触れておくのが現代的です。破棄の方法(シュレッダー・専用溶解・電子的完全削除)についても、依頼者の要望があれば記載します。
行政書士は行政書士法施行規則により業務関係帳簿の備付義務があります。業務完了後も一定期間は書類の保存が必要になるため、NDAの返還義務条項には「法令上保存義務のある書類を除く」との除外規定を入れておきましょう。
有効期間と残存条項
NDAの有効期間は、業務の性質によって1年から5年程度の幅で設定します。ただし、契約期間が終了しても秘密保持義務自体は存続させるのが通例です。契約書の最後に「本契約終了後も第X条(秘密保持義務)は有効に存続する」と残存条項を置いておきます。
個人情報や相続関係情報など、時間が経過しても機微性が下がらない情報については、有効期間を定めずに「永続的に秘密保持義務を負う」とするケースもあります。
違反時の損害賠償・差止め
秘密保持義務に違反した場合の効果として、損害賠償責任と差止請求権の両方を明記します。損害賠償については実損害の範囲でとし、因果関係と損害額の立証責任は開示者側にある旨を定めるのが実務的です。
また、秘密情報の漏洩は金銭賠償だけでは回復できないことも多いため、差止めの請求権を明記しておくことで、万一の際の救済手段を確保できます。
電子署名の活用
NDAは電子署名サービスを利用することで、郵送の手間なく短時間で締結できます。法人依頼者の場合は、先方の電子署名プラットフォームが指定されることもあります。紙の契約書と電子契約の法的効力は同等ですが、電子署名法3条の要件(本人性・非改ざん性)を満たすサービスを選ぶ必要があります。電子署名のタイムスタンプは、NDAの成立日を後から証明する際の有力な証拠になります。
◼︎ 注意点:行政書士は弁護士法72条との関係で、依頼者間の紛争の代理や具体的な法律相談業務を行うことはできません。NDAの作成自体は法令で認められた範囲内の業務ですが、NDAをめぐる紛争処理については弁護士の業務領域となります。この線引きを常に意識してください。
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